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白洲正子のこと

なんでも目標に到達するには、イメージが大切だとよく言われますよね。例えば筋トレならお腹周りの筋肉が割れてる自分をイメージするとか、ダイエットならほっそりした自分を想像してみるとか、お勉強でも良い成績が取れてる自分を思い描いてみるとか。そうすると俄然やる気が出る。そんなことはないですか?私はやはりイメージすることが、なににおいても先手な気がします。

こんな風な人間になりたいな、あるいは、こんな女性になれたらな、といった憧れの気持ちは、誰しも多少なりとも抱いたことがあると思います。憧れるけれどなれるわけはない、とつぶやいて終わってしまうことの方が多いですよね。ところが最近確信しつつあるのは、「いいなぁ」と思い続けていると、いつの日か、憧れていた自分をすっかり忘れたころに、自分自信がその姿になっている、ということがあるような気がします。でも残念ながら私の実体験ではないので、説得力はないですね。すみません。

さて、白洲正子です。私がこんな人だったらと憧れるのは。そう言いたいのですが、素晴らしすぎてこんな陳腐な表現では釣り合わないですし、100年早いと怒鳴られそうですね。

エッセー集『夕顔』(新潮文庫)は、昔読んで以来、常に手に取れるように常に本棚の一番目立つところに置いてあります。私はこの方の、徹底した本物を追求する心と審美眼、歯に衣着せぬ物言いがとても好きです。それに、私が知りたいことがたくさん出てくるし、日々もやもやと感じていることも、カチッとした表現で文章になっているので、読むと気分爽快、スッキリします。

この本の冒頭に「おしゃれ」について綴っている箇所がありますが、そこだけでも体全体でウンウン頷いてしまいます。「昔の江戸っ子が、結城のきものを寝巻にして、着馴れた頃に外出着にした(…)女性にとっても、おしゃれに見えることは、まだおしゃれが不十分であるからで、一歩先へ出るよりも、一歩退いていることの方が、」と本物のおしゃれの哲学が語られています。これは、『きもの美』(光文社)で、「どんな豪華な衣装でも、ぴったり身についてふだん着のように見えればしめたもの。そういうことを「着こなし」というのです」と言っているのと同じです。私は心から頷きますが、では、自分がそうであるかといえば程遠く、ましてやいくら白洲正子に憧れたとしても、気がついたときにはこの方のようになっている、なんてことはたとえ千年生き永らえたとしてもないでしょう。残念ながら。でもこうして文章が読めるだけで幸せです。

(Anne)

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