2015/11/30

フランス人の、急がば歩け!

そろそろ12月。なにかと忙しいこの時期は、やはり「師走」と言われるだけある。これは当て字なのだそうだが、意味は「師」といわれるような偉い人までもがバタバタと走り回るくらい忙しい、ということらしい。一方私は、12月でなくてもバタバタと走り回ることが多い。「師」じゃないからね。先日も、1時間の間に、ポストに投函しに行って、銀行で振り込みをして、本屋に寄って、買い物を済まして、というプログラムをこなすために駅前をバタバタと走っていて、そしてふと思った。

子どもじゃあるまいし、みっともないのでは?

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2015/11/11

ピンクリボンの話

最近よく仕事の合間に、人間ドックや検診の話が話題になります。みなさんは検診を受けていますか?私はとにかく痛いのが大嫌い。検査などでちょっとでも痛いと、いい年して、看護師さんもびっくりの大泣きをするくらいです。

なので、ずっとマンモグラフィーは避けて通り、でも検診はしとておいたほうが良いということで、「痛くない」といわれるエコーでやり過ごしていました。

ところがこの「エコー」、医者も看護師も友達も、みんな口を揃えて痛くないと豪語するのですが、私にとっては拷問に近いくらい痛い、というか、気持ち悪いというか、嫌なんです。検診の30分間は毎度のことですが、辛すぎて体が硬直してしまいます。なので、超音波室から出るころには腕や首が筋肉痛になっているんです。それでもマンモは相当痛いらしいからせめてエコーだけは頑張らねば、と毎年受けていました。

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2015/10/28

大人のひとへおすすめしたい

またしても絵本の話。。。

とはいえまずは映画の話。ずいぶん前だが、ガス・ヴァン・サント監督の作品が好きだった時があったな。きっと今でも観ると好きなんだろうけれど。キアヌ・リーブスの美貌を知ったのも、リバー・フェニックスの死を悲しんだのも『マイプライベート・アイダホ』に心打たれたからだし、今に至るまでマット・デイモンのファンでいつづけているのも『グット・ウィル・ハンティング/旅立ち』を観てからだし、90年代はソウルやワールドミュージックばかり聴いていて、グランジには見向きもしなかった私が、カーク・コバーンの才能を知ったのも『ラスト・デイズ』だったな。『エレファント』の衝撃的な題材と流れるような撮影法、強さと脆さの間を綱渡りしているような青年たちの心の描写。うーん、やっぱり今でもまだ観たい作品だ。

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2015/10/16

サバイバルはシェヘラザード方式で

先日、友人からこんな話を聞いた。

これからは、ロボットがどんどん私たちの仕事の代替わりをする時代になるから、仕事にあぶれず生き残れるのは、例えばこんな人よと。1、思いもよらない発想ができる人。2、初めての事に強い人。3、臆さずチャレンジできる人。4、、、以降は忘れた。というのも、最初の思いもよらない発想、というところで我が身はさることながら、我が子育てと照らし合わせて考え込んでしまい、4以降はもはや耳に入らなかったからだ。

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2015/09/29

やっぱり女子、テンションあがります

なんだかんだ言っても、お買い物をするとテンションがあがります。もともとそんなにお買い物はしない方ですが、そして昔と比べるとより一層しなくなりましたが、たまに気に入ったものを買ってきては、家に帰るや否や広げてみて、お洋服なら鏡の前であててみて、ってやります。そんなことをしていると、必ずウチの主人は目を丸くして、「また同じようなの買ってきたの?」とセリフ化したお決まり文句でからかいます。私はその度に口をとんがらせて「え!いいじゃん!」とムキになるのですが、一呼吸おいてみると確かにホント。ワードローブを開くと、同じようなチュニックもどきばかりが並んでいます。ハイ。こう見えて実はワタシ、心は結構女子。おとぎ話にでてくるようなモチーフや、フリルなんかがついたチュニックに目がないんです。もうすぐ44歳。退かれてもほとばしる「いやーん、かわいいっ!」を連呼して、購入しています。

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2015/09/05

しあわせなファッション

ランニングやウォーキング中、ヘアサロン、極たまに行くネイルサロンやエステサロンでメンテ中に、ふと、こんなことに時間を費やして良いのだろうかと、ものすごい焦燥感に駆られることがる。とはいえ仕事の一環、やらなきゃいけないことだから大丈夫と、すぐに気を取り直す。それでも、わたしの心の隅に、世界には、毎日洋服を取り替えることも、今日のご飯を得ることもできない、もっというと明日命も保証されていないような状況にある人たちがたくさんいるのに、ファッションに携わる仕事なんて軽薄すぎないかと、後ろめたさを感じる部分があって、ときどきその部分がメガホンを持って私に呼びかけるからだ。これは、私がこの仕事についたときからずっとつきまとっていた「声」で、100パーセント自分の仕事を誇りに思えていなかった理由なんだと思う。ところが、先日、ああ、わたし、これでいいんだ、と思った新聞記事に出会った。キャリア20年弱にして、ようやく。

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2015/08/16

ヘビイチゴ酒、その後

久しぶりに、山荘に来た。夏休みだもの。雨戸を開け、東京とは少なくとも10度近く温度差がある、CO2をたっぷり含んだ涼しい風が網戸から入ると、築70年の山荘が、息を吹き返すような感覚を覚える。トランクいっぱいに詰めてきた荷物を、家の中に運び入れて、いざ夕食の準備に取り掛かろうとしたとき、テーブルの上の何かにドキリとした。これは、あの、五月に漬けたヘビイチゴ酒ではないか!確かに、夏に来たらどんなになっているか楽しみと、わざわざ目立つところに置いて、来た時に思い出せるようにしておいたのだが、その変貌ぶりは、ある意味期待通り。恐ろしい色になっていた。なにせ五月には、真っ赤なまあるい実をたくさん浮かばせた、透き通ったホワイトリカーの瓶で、おままごとのお料理のように可愛らしかったのに、これがいまや真っ茶色。カビの絞り汁にマムシでも漬けたかのような色になっていたのだ。気持ち悪いけど、こうなると、ヘビイチゴという毒々しいイメージに相応しい。そういう意味で、「期待通り」。嬉しいような、嫌なような、奇妙な気分だった。 続きをみる

2015/08/01

サーカス

最近のサーカスといえば、シルクドソレイユのような、圧巻のスペクタクルと曲芸技術を披露するダイナミックなものが目立って、ジンガロのような、むしろ舞台芸術に近いものになってきてきる気がする。実際私も、1年前くらいにパリで上海雑技団とフランスのサーカス団のコラボ公演を観に行ったときに、その洗練された照明技術と曲芸パフォーマンスのスケールには声も出ないくらい圧倒された。けれど、私の中にある、サーカスのイメージ、もっとなんというか、観客との距離が縮まった親密な感じはそこにはなく、後半、正直、私は少し寂しい気持ちになった。それに、息子の方は飽きてしまって、早く席を立ちたがった。なんとかフィナーレまで我慢させ、いざ帰るとなったとき、一緒にいた私の母が、「すごかったわね」と感想を一言呟いたのち、私と同じ気持ちだったのか、「でも今度はボリショイサーカスを観に行ったらいいわよ」と、強く勧めてきた。でもボリショイサーカスなんてイマドキじゃない、古臭い、と決めつけていたものだから私は驚いて、「え?楽しいの?」と聞き返した。「え?あなた覚えてないの?動物がたくさん出てきて、なんとも言えないけど、楽しいじゃない!!」と言う。たしかに小さい頃見に行ったけど、それにしてもクマを歩いてるのを見て、楽しいかしら?上海雑技団を超えるだけのパフォーマンスがあえるとは、とうていイメージできないな、とこっそり思った。その時は。 続きをみる

2015/07/10

ヘビイチゴ酒

子供の頃、よく祖母と野山を散歩すると、草むらからチラホラと赤い可愛い実を見かけることがあった。祖母にきくと、「ヘビイチゴよ」と。イチゴなの?思わずつまんで口に入れたい衝動にかられて、ふと思い留まったのは、ヘビとつく名前に引っかったからだ。食べられるの?それともヘビが食べるイチゴなの?毒はあるの?と質問しても、「そうねぇ、そうかもねぇ」という曖昧な返事。そして、「食べちゃだめよ」と祖母は付け加えた。なぜ食べてはいけないのかは、全くわからない。ただ、祖母の教えに反発するほどの強い冒険心も知識欲も持ち合わせていないタイプの子供だったから、とにかく教えられるがままに言うこと聞き、今に至るまで、毎年毎年ヘビイチゴを見つけては、かつての言いつけを堅守して食べないどころか触れさえもしないできた。だって、毒だもの。そう、思い込んで。 続きをみる

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